三星堆遺跡(中国四川省)|古蜀時代:貼金銅人頭像や青銅縦目仮面

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三星堆遺跡

四川省成都市の近くで1986年に発見された、3~4千年前の古蜀王国の遺跡。新石器時代晩期~BC800年の約2千年続いた。

三星堆博物館

 ある国際会議に参加する機会があり、会議の後のテクカルツアーで訪れた。

貼金銅人頭像

 日本でもTVで放映され、展示会が開かれるなどして、紹介されている。その顔立ちは、鼻筋が通って高く、あごの骨格がしっかりして堂々とし、目が大きい。

青銅縦目仮面

先の人頭像と同様に紹介されて有名になっている、両目が飛び出たかなりユニークな顔をした仮面。幅138cm、高さ64cmあり、かなり大きく迫力がある。両方とも、モンゴロイドの顔とはちょっと違う感じがする。学芸員と思われる博物館の若い中国人男性職員は、この仮面のモデルは中国人の骨格とは違い、エジプト人だと言った。黄河の文明とは違い、ここの文明は西からやってきた王族の文明だと考えると笑って話した。唐突ともいえる発言に訪問者一同驚いたが、確かにこの他の女性の像は、ピラミッドの女王を思わせるものだったので、彼の言うことが本当らしく聞こえた。

青銅神樹

 「太陽の鳥」のモチーフという、9羽の霊鳥と龍は陽信仰は、エジプトの他、世界各地至る所にあるが、この四川省から、長江を稲作と一緒に下流へ伝搬し、日本まで伝わったのかもしれない。それは例えば、太陽信仰と火の鳥の伊勢・熊野である。

展示品のヒスイや勾玉を見ていると、日本のものと言われてもわからないくらいなので、やはり日本とのつながりを想像してしまう。

東アジア地域で、ヒスイが算出するのは、日本の糸魚川流域とミャンマーに限っているという。つまり、ここで展示されているものは、長江をさかのぼってここへ運ばれたか、ミャンマーからもたらされたかのどちらか。ミャンマーの方がはるかに近いが、ミャンマーからはかなりの山道だが、日本からだと長江を船で行き来すればかなり容易だったと思う。当時はダムもなく、河床の勾配は1%を切るというから、上流へ向かうこともそんなに難は無かったことだろう。

都江堰(ドゥージャンイェン)

 約2千年前の河川流量調整の堰を見学した。建設したのは親子2代で50年以上かけ、流量を確保するために、砂岩側の岩盤を掘削するのに相当苦労したという。ところが、ここを訪れた年に、四川地震により損壊した。

訪問時期

 2007年

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