今城塚古墳(大阪府)|今城塚古代歴史館と継体天皇の陵墓

パンフ
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継体天皇の陵墓

大阪府高槻市街からほど近い場所にある、継体天皇の陵墓である。6世紀前半、二重の濠を有す前方後円墳では、淀川流域最大規模となる。ここか西へ約1kmに太田茶臼山古墳があり、宮内庁ではそっちが継体天皇陵としている。

また、埴輪祭祈場があるが、大王の埴輪祭りが再現されているのは、ここだけとのこと。

住まいの近くだが、たまたま行ってみたら、こんなすごいものが身近にあったのかと驚いた。継体天皇は北陸出身で何故、天皇になれたかとか、学者は懐疑的なことをいろいろ言っていたが、実際に墓があるのだから、実在の人だと証明されているということだろう。

継体大王の陵墓

 継体天皇は、出身地は滋賀県高島町で、福井県丸岡を治めていた後に、天皇に即位。

三島の地

 淀川中流域で水運の要であり、また、陸路でも山城と難波を結ぶ交通の要所であった。この地には、秦氏・呉氏・辛氏・矢日部氏・新羅人などの渡来系の人が多く住んでいた。しかし、三島県主は大和政権に関係のある人であり、渡来人ではなかったという。

三島古墳群

 卑弥呼が魏から鏡をもらった後、倭の五王が中国へ遣使を送っている。その頃から、三島地方に古墳が多く造営され、大和政権が成立している。天満宮山古墳・岡本山古墳・弁天山古墳・太田茶臼山古墳・塚原古墳群・阿部山古墳など。

継体天皇没

 531年継体天皇没。

大王の石棺

 平成17年に、9tの重さのある大王の石棺を人力で引くイベントがあったことが、パンフレットに載っていた。凝灰岩の石棺は、熊本県や兵庫県(石の宝殿)から船で運ばれ、淀川を上り、陸からはソリで引いた。それを450人で実際に行ったとある。

名    称 今城塚古代歴史館
住    所 大阪府高槻市郡家新町48番8号
情    報 日曜、祭日の翌日、年末年始

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