千光寺(富山県)|昭和天皇がご休息された、観音霊場の古刹

千光寺パンフ
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はじめに

富山県の呉西地区と呉東地区を結ぶ、R359音川線沿いの砺波市に立地し、戦国時代には、上杉勢からの攻めにも実際にあった山寺である。砺波地方では、安居寺とともに、最も古い寺とされる。

パンフレット 伽藍配置図

伽藍

山の斜面を利用し、階段を上って山門をくぐり、更に進むと、観音堂がある。33年に一度の御開帳の時にしか拝めない、秘仏である。観音堂から、回廊を伝って焔魔堂、本堂へと進む。

山門

1797年に建築された、富山県内最古の二階二重門。平成18年の御開帳の際には、山門も公開された。足場が組まれ2階へ上れるようになっていたので中を見ると、16羅漢像が安置されていた、そのことは、あまり多くの人は見てない様子。

パンフレット 山門

観音堂

大みそかから元旦にかけ、初詣の参拝を受け付けていた時期には、多くの人が訪れ、朝方観音堂で座っていたら暖房があっても、とにかく寒い。お寺の中では一番高いところにあり、冷気が観音堂に向かって吹き上げてくる。それとも、ご本尊のパワーのなせる業か。

御本尊 観世音菩薩立像

その昔、ご本尊の観音様が盗難にあった際、ご自身から天に向け光を発せられ、泥棒の手から飛び立ち、お寺へ戻られたという話が言い伝えられている。

法道円徳上人

703年法道仙人が、天竺からご本尊の観世音菩薩の像を背負ってこられて、開創された。(とは言うものの、背負うほど大きな像ではないけど)上人は、天竺から雲に乗って中国や朝鮮を通過し、この地を選ばれたという。鉢を飛ばす能力があったとか、超能力者であったという伝説上の人物。

パンフレット 御幸門

御幸門

昭和44年、全国植樹祭がお寺の近くの砺波市頼成の森で行われた際に、地元から、天皇陛下に千光寺でご休息をして頂きたいとの熱心な陳情があり、結果その要望がかない、天皇皇后両陛下がご休息された。その際にこの門を通られたことから、「御幸門(みゅきもん)」と呼ばれる。

パンフレット 御本尊

パンフレット 上杉謙信

パンフレット 明治天皇

伽藍焼失と再建

1558~69年、上杉勢の兵火により、伽藍のすべてを焼失した。その後、豊臣秀吉が北陸を平定した際、千光寺の再建に尽力され、その後は、加賀藩前田氏の支援の下、繁栄した。

 名 称  芹谷山 千光寺
 住 所  富山県砺波市芹谷1111
 開 祖  法道円徳上人
 開 創  703年(大宝3年)

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