古曽部・芝谷遺跡(大阪府)|高槻市の丘陵地、高地性環濠集落跡

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古曽部・芝谷遺跡

 三島古墳群地域の中の住居跡遺跡で、これまでの調査で、弥生時代後期の初頭から前半にかけての82棟の竪穴式住居など、多数の遺構が群在していることがわかっている。

標高80~100mの高地性環濠集落跡、丘陵の中腹に幅約5mの環濠が、東西約600m、南北約500mの居住地をめぐっている。

新名神高速道関連の建設工事に先立って行われた調査の結果、竪穴住居や墓など多くが出土した。

三島地域の集落の中でも、この古曽部・芝谷遺跡は93棟もの竪穴式住居が存在し、大いに栄えたことがわかる。そこらかは、多くの土器や鉄製の斧や鍬が出土している。

平地から、このような丘陵地に移ったのは、集落間の争いを避けるためだろうといわれている。農作業に都合の良い平地を放棄して、わざわざ丘陵地に移り住むことは大変なことだろうが、それでも争いを避けたかったからか。

住所

 大阪府高槻市美しが丘1丁目

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