御釜神社(宮城県)|塩竃神社の境外末社、日本三奇の一つ神釜とは?

鳥居
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はじめに

古来、「浦部の浜」と呼ばれ、塩竃神社の境外末社であり、塩竃神社から東へ約500mに位置している。 私は車を更に東側の有料コインパーキングに止めたが、塩竃神社の駐車場を利用すれば無料。

第一印象は、こじんまりしているが、入口の赤鳥居は立派。松尾芭蕉が訪れていることを曽良が記した日誌に書かれている。

市街の道路に面したところにある由緒書きの看板。

由緒書き看板
由緒書き看板

四つ口の神釜

 

神釜が安置されている
神釜が安置されている

 神釜の奉置所には鍵がかかっており、社務所には、塩竃神社社務所に連絡するようにとのメモ書きと、電話番号があった。わざわざ来てもらうのには少し抵抗を感じたが、やはり、日本三奇の神釜を実際に見てみたい気持ちが勝ち、電話しお願いしたところ、軽自動車に乗った神職の方が間もなく到着された。

日本三奇

 手前の門扉を外し、中の扉を半開ぐらいにして、中を見せて頂いた。大きなフライパンのような形(深さが浅い円形釜)の鉄釜が石の土台の上に載っているものが四つあった。その大きさ、鉄の厚みも同じではない。釜の直径は、1.5m弱ぐらいと感じたが、1.2m~1.4mで鉄の厚みは約4cm。

以前は七口であったが、盗難にあい、現在の四口になったとのこと。神職の方に確かめたら、「よくご存じですね」と言われた。確かにそのように言い伝えられているようだ。

お礼について伺ったら、「お一人ですか?」と言われ困ったが、嫌味はなく、恐縮しつつ、ネット情報の通り百円(一人百円)を納めさせていただいた。

赤く(赤褐色)錆びた釜に水が張った状態だったが、言い伝えでは、その水は枯れることも、こぼれることもないと言う。世の中の大きな変動がある際に水の色が変わる。伊達政宗が亡くなる前に色が変わったし、東日本震災を予知したとも言われる。

水がこぼれない

 神職の方は、「こぼれない」と説明されたが、四口のうち手前の二口は、屋根がないので雨が降ればそれはあふれるような言い回しもされた。

神社由緒書き看板

御祭神

 塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)は、古事記・日本書紀にも登場する海幸彦・山幸彦の説話で、釣り針をなくし困っていた山幸彦をワダツミの宮へ案内した神である。その神が、人々に製塩方法を教えた際に使った釜に模して、鎌倉時代と南北朝時代に作ったとされる。またこの他に、ナガスネヒコが塩づくりを広め、祭神はナガスネヒコだとする説もある。

なぜ日本三奇に数えられるのか

 率直に言って、日本三奇の「天の逆矛」「石の宝殿」と比べてやや見劣りすると思う。なぜ三奇に入るのか。6~7世紀頃の塩造りは土器を使用するのが一般的であり、江戸時代の人にとっても珍しかったとのこと。

御水替

 藻塩焼神事の前日に、松島湾の釜が淵に子船を出し、満潮時の海水を汲み、神釜を掃除した後、水を入れ替える。

藻塩焼神事

 7月6日に古代から伝わる製塩法で海藻から塩を作る儀式。できた塩は参列者に配られるらしい。

境内にある松の木に雪吊り

鳥居付近の松には、雪吊りが施されている。立派な松の枝を守るためだが、北陸ではよく見かけるが、こちらではめったに見ない。一本だけなので、本当にわざわざよく管理されていると感じた。

ゑびすや旅館

旧ゑびすや旅館

 神社の道路を挟んで向かい側にある。1876年明治天皇御一行が宿泊された。現在は、1階がカフェ。2階は、江戸時代の塩釜港を再現したジオラマなどを展示。3階は、当時の客間をそのままにして公開されている。

2階・3階は土日の12時~15時のみ。拝観料:大人300円。

 名     称  御釜神社(おかまじんじゃ)
 住     所  宮城県塩竃市本町6-3
 御  祭  神  塩土老翁神(しおついおじのかみ)
 参 拝 時 期  2019年2月

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