日高見神社(宮城県)|創建は神武天皇の頃?日高見が訛って北上と言われた。

鳥居
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由緒

 古来この地方に伊勢津彦命尊が住んでおり、高皇産霊神の子孫天日別尊に滅ぼされ、尊はそれを皇孫に奉ったとあり、神武天皇の御世に天日別尊を祀って日高見宮としたと伝えられている。

日高見国

 「日高見国」という言葉は、由緒が古く、大祓の祝詞では、天孫降臨のあった日向国から見て東にある国(日の昇る国)、大和国をさしたが、神武の東征により、王権が大和に移ったので、大和よりも東を指すようになった。平安時代には、北上川流域をさすようになったとも言われている。(ちなみに、「北上」は、「日高見」が転じたものとも考えられている。)

 景行天皇25年に勅を奉じて武内宿禰が北陸・東北を視察した際に、「東夷に日高見の国あり、人勇敢にして土地肥沃なり。撃って取る可し。」とあり、同40年、皇子日本武尊が賊を平定したとされる。この時尊は、皇祖天照大神を祀って日高見神社が建立されたと伝えられている。

また、饒速日尊の弟であるナガスネヒコが神武軍に敗れて東北へ逃れて、阿部氏のルーツとなったという話など説は多い。

続日本書記

続日本記には、780年「百済王俊哲等が賊に囲まれ桃生白河等の郡神十一社に祈る」の項に、日高見神社の社名があり、それを初見とするとされている。

とにかく、古い話が今に残るということは、当時大和朝廷の影響下に置かれて以降、支配者が変わっていないということだと思う。

十一世紀中頃、源義家が阿部貞任討伐(前九年の役)の折、神殿を造営して日本武尊、竹内宿禰を併祀したとされている。

狛犬

珍しい狛犬がお出迎え。古そ~。

古そうな狛犬(吽像)

狛犬(阿像)

ご神木

参道入口左に、大欅の木がある。樹齢千年と言われているが、源義家が阿部貞任討伐の際に、その欅の木の大きな割れ目に身を隠したという言い伝えもある。

 

ご神木の説明看板

本殿、日高見神宮看板

本殿

桃生町

北上川と旧北上川に囲まれた肥沃な土地。町名の由来は、アイヌ語で「流域の丘」を指すモムヌプカである。

仙台藩の米処として治められていたのだろう。

祭  神 天照大神・日本武尊・竹内宿禰
住  所 宮城県石巻市桃生町太田字拾貴壱番ー73
参拝時期 平成29年10月

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