氷川神社(埼玉県)|出雲系の氏族が国譲で移住し武蔵国造となった!

氷川神社略記
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はじめに

JR大宮駅東口から徒歩約15分。伝承による創建はBC473年(第5代孝昭天皇3年)。その時代に、今のような神社様式が出来上がっていたかどうか不明という。

出雲系の氏族が国譲りによってこの地に移住

 してきて武蔵国造となった。オロチを象徴する、暴れ川である出雲のヒカワ(斐伊川ひいかわ)の氾濫を治水し、産鉄民を平定したことを、ヤマタノオロチ退治として言い伝えられた。そのヒカワにちなんで氷川神社としたという、説もある。

源頼朝

 頼朝が命じて社殿を再建。聖武天皇の御代に、一の宮制を定められ、その時に、武蔵一宮とされた。

氷川神社

 大宮を中心に埼玉県・東京都・神奈川県下に280数社を数える。武蔵国造の子孫がここを拠点として、大いに活躍し発展したことを物語っていると思う。

神社境内に入ると、重厚壮大で、古めかしく、出雲大社や熱田神宮などの国つ神系の大きな神社特有の雰囲気を感じた。

門客人神社

 摂社に門客人神社(もんきゃくじんじんじゃ)があり、祭神は、足摩乳命(あしなづちのみこと)と手摩乳命(てなづちのみこと)の夫婦神とされている。これは、稲田姫の御親神とのこと。しかし、江戸時代までは、アラハバキ神を祭っていて、主客転倒したという。(ネットで検索すると、この情報はたくさん出てくる。相当多くの人が興味を示している。)

アラハバキ神

 「東北を中心に古くから信仰された土着の神」とされるが、実際に祭られているのは、丹内山神社(岩手県花巻市)の他にはあまり聞かない。東北の人に聞いてみても、知っている人がいない。大和朝廷の支配を受ける以前に信仰されていたというが、そんな記憶はどこにも残っていないかに思える。

少彦名命

 天津神社(あまつじんじゃ)に祭られている。ここでは、恵比寿様と同一としている。えっ!関西では、少彦名命を恵比寿様と同一視している神社は見聞きしたことが無いけど。

名  称 氷川神社 武蔵一宮
住  所 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407
御祭神 須佐之男命

稲田姫命

大己貴命

創  建

再  建

BC473年

1180年

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