玉置神社(奈良県)|その秘境は熊野三山の奥宮、生半可では行けないよ

本殿
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生半可では行けないよ

標高1,000mということだが、とにかく、山の奥深いところにある。

私は、平成25年頃参拝したが、土砂災害関連の工事(発破作業など)が行われており、あちこちの交通制限の合間を縫っての強行突破し、なんとか成功した。(スタート地点から、参拝した後、工事個所まで二時間で通過しないと、発破作業のため通行止めとなる。)

今は工事は終わっているとは思うが、交通情報をよく確認の上、行ってみてください。

但し、駐車場から神社までは約1km歩くこととなるので、十分な計画と覚悟、時間の余裕が必要。

社の中には、地元の小学生が夏に1泊で体験学習に訪れていることが記されていた。地元の方でさえ、1泊するほどの山奥だということに驚いた。

創建

 第十代崇神天皇の時代(崇神天皇61年、前37年)に玉城防火鎮護と悪神退散のために創建された。または、熊野三山の奥宮として、熊野本宮と共に創建されたとも伝えられている。

また、鎌倉時代には、玉置山は、峯の名を「阿弥陀如来」嶺と呼ばれていた。

本社御祭神

国常立命 伊弉諾尊 伊弉冉命 天照大御神 神日本磐余彦尊

元は、仏教信仰の場所?

神武天皇以外は、ほぼ人間ではないのが、斬新だと思った。しかし、もとは阿弥陀如来信仰の場所だったと聞くと、長い年月の中で、いろいろ変遷があったことを想像できる。ガチガチの神道の聖地のようなイメージを持ってしまっていたが、神仏習合の中の仏教信仰の場所であったかのか。

実際にはどうであったろうか。

地質構造

玉置山は、標高1,000m~1,040mにかけて、枕状溶岩堆積地があり、海底火山の噴火により玄武岩質の溶岩が手中に噴出し、急速に冷却、固化したことにより生じた、不規則な楕円状、又は曲がった丸太状の形状をした溶岩が一帯に露頭している。玉置山山頂の南側斜面には枕状溶岩の顕著な露頭が見られ、場所によっては枕状溶岩が重なり合っている。その様子が「玉木」あるいは「玉置(玉を重ねて置いた)」ように見えることから、山の名の由来となった。

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