茨木神社(大阪府)|行事のたびに長蛇の列、とにかく市民が多く集まる

茨木神社本殿
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はじめに

大阪府茨木市の中心に位置する茨木神社は、茨木市民に信仰され、年何かの行事のたびに(しょっちゅう)多くの市民が集まり長蛇の列となる。

入口鳥居入口の鳥居:正月にはここまで列ができる

 初詣、10日戎、夏祭り、お宮参り、その度毎に屋台が参道の両側にびっしりと並び、石畳みの参道には、横4~5列に拝殿から入口の鳥居まで、朝から晩まで参拝者の列が無くなることがない。中でも夏祭りには、お神輿や、だんじり巡行もあり、大いに賑わう。

石柱

入口の鳥居横にある看板を横から見ると、「茨木神社」「天石門別神社」が併記され、合わせてお祀りされている。

戦国時代には、織田信長が近畿一円の神社仏閣を多く焼却した。その際、「信長は牛頭天皇の生まれ変わり」と自称していたので、多くの神社が素戔嗚神社または、牛頭天皇社と社名を変えた。との記述があった。北摂一帯に、やたらと素戔嗚社が多いと以前から感じていたが、こういうことも一因か。

由緒書き

このことが、由緒書き記されている。

 

本殿

 

恵比寿社

参道を進むと途中左手に恵比寿社がある、1月の十日恵比寿には、正月の余韻がまだ残るころといいうのに、はたまた大賑わいとなり、笹飾りを求める人がそのまま茨木神社にも参拝している。


恵比寿社

本当は何の神社なのか、何でもありか。何でもこの神社の神様の下に集まるというか、信仰されているのか、とにかく茨木の人は、ここに集まる。

境内にある市営駐車場入り口

少し先には、市営地下駐車場の入り口があり、ここと直結している。

本殿

本殿

 正月や十日恵比寿の時は、さい銭箱前に鈴が6列ほど並び、同時に参拝する。

石段手前にガードマンの方が2人でロープで規制して、整然と参拝できるように誘導している。ごちゃごちゃにならないところが、非常に素晴らしい。

平成30年5月1日には、娘の厄除けの祈願をお願いした。長年お参りしているが、正式参拝はこの時が初。

ご丁寧な祝詞

私の家族の他に、一組のお宮参りの方がおられて、同時の参拝となった。祝詞では、普通なら、住所名前と願い事一言を2組読み上げて、祝詞は2組共通ですまされると思うが、こちらでは、一組づつ、全く別の祝詞を奏上された。倍の手間をかけて頂き、感動した。

きめ細やかで丁寧な祝詞だった。(文言まではわからない)

搦手門

搦手門

(からめてもん:表門の追手門に対し、裏側に位置し、有事の際に城主などの逃げられるようにするための門)

東側出入口の門のところに左の説明看板がある。茨木城の門の跡とのこと。茨木城は現在残っていないが、この門と、この近くにある茨木小学校の入り口に「櫓門」が復元されている。

茨木城は、楠木正成が建武新政頃に建てたと言われるが詳細は不明。その他の城主としては、荒木村重の家臣の中川清秀がいる。最後は、片桐且元の時に、一国一城令により廃城となった。城の遺構はほとんどなく、先述の通り、門が復元されている程度となっている。

 名 称  茨木神社、天石門別神社
 主祭神  建速素戔嗚尊
 住 所  大阪府茨木市元町4番3号
 創 建  807年

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