近江神宮(滋賀県)|天智天皇が飛鳥から大津京へ遷都した理由とは

近江神宮しおり
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プロローグ

琵琶湖西岸の山裾にある、天智天皇をお祀りする神社。京阪電車近江神宮前駅から徒歩約10分。

創建

 皇紀2,600年を記念して、大津京ゆかりの地に1940年(昭和15年)に創建された。

天智天皇

 中大兄皇子・天智天皇と言えば、「大化の改新」や、「百人一首の第一首」が思い浮かぶことと思うが、他にも、「時」とのゆかりが深く、漏刻(水時計)と日時計が一般企業から寄進され設けてある。

時計博物館

天智天皇が日本で初めて漏刻(水時計)を設置した歴史から、境内には民間企業から寄進された日時計や漏刻などが設けてあり、普通の神社とは違う雰囲気がある。

化の改新

 朝鮮半島の任那回復のため新羅遠征をおこなってきたが、その任那から手を引いた翌年の603年から、朝廷の体制を改革する動きがあった。

645年乙巳の変(いっしのへん)

中臣鎌足の主導のもと中大兄皇子と大海人皇子が協力し、蘇我氏の絶大な政治力を排除した。

661年天智天皇即位。

663年白村江の戦い敗北。百済から手を引く。

667年(天智6年)、近江大津宮を営み、飛鳥から遷都した。

遷都の理由

 倭国は、白村江で間接的ではあったが唐に敵対し敗北した。このため唐の倭国に対する敵視をかわす狙いがあったか。つまり、国外にあっては、遷都して「日本」と名乗ることで、倭国とは別の国であることを強調した。半面、国内では大改革の最中で民から信任を得ているわけでもないので、倭国から「倭(やまと)」さらに「日本(やまと)」としての継続王朝であるように装った、のでは?

和歌 天智天皇は、小倉百人一首第一首を詠んだ。

「秋の田の刈穂の庵の苫をあらみ、

我が衣手は、露に濡れつつ」

また、近江神宮は、アニメ「ちはやぶる」の舞台にもなっている。

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