【 もくじ 】
神社概要
- 神社名称 : 広峯神社
- 住 所 : 兵庫県姫路市広嶺山52
- 御 祭 神: 素戔嗚尊、五十猛命
- 創 建 : 734年
- アクセス : JR姫路駅の北の山陽自動車道沿いにあり、京都八坂神社の元宮である。
八坂神社の元宮
- 崇神天皇の御代、約2,000年前の太古より素戔嗚尊をお祀りしていた。
- 神仏分離令の前には、牛頭天王をお祀りし、薬師如来を本地仏とされていた。733年、唐から帰った吉備真備が神威を感じ、聖武天皇に報国したところ、734年に白幣山に創建された。
- 平安時代に京の都に疫病が大流行した際、清和天皇の夢枕のお告げにより、広峯神社の御分霊を京都お迎えして祈願したところ、疫病が鎮まった。それが八坂神社祇園祭の始りとなったという。
神功皇后が戦勝御祈願
- 神功皇后が朝鮮出兵の際戦勝祈願を、帰路には奉告祭をされたとのこと。広田神社でも似たような言い伝えがあった。
- 候補地がいくつかあるのは?話があまりにも古いから当たり前か。または、それが事実だからこそ、候補地が複数あるのか、な?
- 偶然参拝してみたが、まさか京都の八坂神社の元宮とは知らなかったし、何より、地元の人からもそのような話を聞いたことがない。由緒を見て初めて知り、ホントかなと思ったくらい。
- こちらの方が古いとなると、兵庫県のこの地には、京の都よりも早く、出雲勢力が及んでいたということか。
- 実際に、播磨から三木方面には、素戔嗚命を祀る神社がやたら多い。
三国志の呉と交流した国
- また、今の姫路辺りには、三国志の時代に中国の当時の「呉」と交流している国があったらしい(という学者の説がある)。
- 呉は魏に対抗して、倭国と関係を結び、力を誇示したと見られる。遠方の国との交流があるということは、それほど、呉が強い国ということになる。また、倭国はそれほど力のある国(魏からも呉からも認められていた)だったということになる。